カンパイ!!
「なぁ、あにぃ・・・」
リビングでテレビを眺めながらあにぃこと山口達也に声をかける。
「うん?どうした?」
あにぃが読んでいた新聞から顔を上げる。
「ウチらさぁ、付き合ってんだよね?」
俺は変わらずテレビに顔を向けたままだ。
「何だ急に。お前らしくないな」
あにぃが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「別に」
急に恥ずかしくなってプイとソッポを向く。
「何拗ねてんだよ」
あにぃがグイと俺を引き寄せる。
「拗ねてない」
グイっとあにぃを押し返す。
「松岡…どうした?云わなきゃ分かんないだろ?」
更に心配そうにあにぃが俺を引き寄せる。
「っんでもないって云ってんだろっ!!」
あにぃの鈍さに腹が立ち、力一杯あにぃを押した。
…のがマズかった。
勢いが付き過ぎて俺はあにぃの上に覆い被さるような格好で倒れこんでしまった。
「っ痛」
あにぃは床で頭を打ったらしい。しきりに頭を擦っている。
「ごっ、ゴメン」
腹が立ったのも忘れ、あにぃの顔を覗き込む。
「忙しいヤツだなぁ。怒ったり心配したり…」
あにぃは特に怒った様子も見せずにっこりと微笑んだ。
「ホント、ゴメン」
一人で腹を立てていた自分が恥ずかしくて俯いた。
「松岡…」
あにぃがそっと頭を撫でる。
「あにぃ…」
溢れそうな泪を堪える。
「悪ぃ、ちょっと降りてくんない?この体勢結構キツイんだよね」
我慢の限界らしかった。額にはうっすらを汗が浮んでいる。
「ゴメンっ」
俺は転げるようにあにぃの上から降りた。
「何を心配してんのか知らんが、あんまり悩むとハゲるぞ?」
ニヤリとあにぃが笑う。
「うるせぇ」
攣られて俺もニヤリと笑う。
「ぷっ、ははははは」
二人で声を上げながら笑う。
「あ〜、何か腹減らね?」
ひぃひぃ云いながらあにぃが立ちあがる。
「俺、何か作るよ」
慌てて立ちあがる。
「良いって、良いって。お前は座ってろ」
ポンポンと俺の肩を叩く。
「でも…」
「何だ?俺の作った飯が食えないのか?」
「そうじゃなくて…」
「冗談だよ。ほら、座ってろって」
「あにぃ」
自分でも無意識のうちにあにぃに抱きついていた。
「どうしたんだ、松岡?」
そう云って優しく頭を撫でてくれる。
俺は黙ったまま更に強くあにぃを抱き締めた。
「松岡?痛いよ…」
普段は絶対にあにぃの方から引き剥がすようなことはしないのに…、グイっと俺を引き剥がす。
「あに・・ぃ・・・」
訳が分からなくなって泪が溢れる。
「松岡、どうしたんだよ?」
いつもなら抱き締めてくれるのに…、ただ心配そうに顔を覗き込む。
「だっ…あに・・・っく。あに…ぃ…」
言葉にならない。
俺はただ泣いた。普段は絶対泣かないって決めて、ずっと我慢してきたのに…。
ショックだった。あにぃがなんだか違う人になってしまったみたいで…。
どこか遠くに行ってしまいそうで…。
「松岡…」
困ったように俺の名前を呼ぶ。
「ぁんでだよっ」
自分が抑えられない。堪らず怒鳴る。
「俺ばっかりそっち好きになって、馬鹿みたいじゃんかっ」
テーブルの上に置いてあったマグカップを勢いよく床に投げつける。
乾いた音が響いてマグカップが砕け散った。
「ぁんだよっ。もぅワケ分かんねぇよ」
そう云ってその場にしゃがみこむ。
「松岡…」
近づきたくても近づけないらしい。
困ったように立ち竦んでいる。
「松岡…、お前、何か勘違いしてないか?」
「勘違い?冗談っ」
無意識にヒステリックな声になる。
「松岡…落ち付けって」
「ふざけるなっ。落ちついていられるかっ」
思いっきり睨みつける。
「松岡っ」
普段は絶対に怒鳴る事のないあにぃが怒鳴る。
マグカップの破片をものともせず、こっちに近づいてきて俺の前にしゃがみ込んだ。
「あっ、あにぃっ、足っ…」
あにぃの足からは血が出ている。
「松岡」
グッと俺を引き寄せる。
「あ・・・に・・・」
「まったく、一人で先走りやがって」
ぎゅっとあにぃの腕に力が込もる。
「誰が何だって?」
耳元であにぃが囁く。
「ちょっ…血が…」
「そんなことはどうでも良いよ」
そう云ってあにぃが俺の口を塞ぐ。
「ふぁっ・・・あふっ」
「愛してる」
「あに・・・ぃ」
照れてるらしい、耳まで真っ赤にしている。
「お前だけだぞ、まったく」
そう云ってもう一度深く口付ける。
「ふっぁ・・・」
少しずつ理性が薄れて行く。
「あっ、あにぃ、こんなことしてる場合じゃないって」
あにぃが怪我していたことを思いだし慌てて離れる。
「大丈夫だってば」
あにぃがにっこりと微笑む。
「駄目だよ。傷から菌入ったりしたら大変だってば」
あまり血は流れていないようだ。
「ほら、傷洗って来て。救急箱用意しとくから」
立ちあがろうとした時だった。
「待てよ」
グイっとあにぃが俺の手を掴んだ。
「こんなの舐めときゃ治るって」
「で・・・も・・・」
「大丈夫だって。それより、何で拗ねてたんだよ?今度はちゃんと云えよ」
心配そうに目を細める。
「別に拗ねてたわけじゃねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「不安になったんだよ。あにぃ、誰にでも優しいから…」
恥ずかしくて目が合わせられない。
「ばーか」
ニヤリとあにぃが笑う。
「お前には特別優しくしてやってんだろ」
「なっ」
「つーかお前背ぇ高過ぎ」
あにぃはひょいと俺を抱え寝室に運んで行く。
「しかも細ぇよ。ちゃんと食ってんのか?」
「食ってるよ!それより、傷…」
「あ?あぁ、もう血止まったみたいだし、大丈夫だろ」
「破片とか傷口に入ってたら大変だって!」
ジタバタと暴れるがあにぃの力には敵わない。
「動くと落ちるぞ?」
釘を刺されたので大人しくすることにした。
「よいしょっと」
ベットの上に降ろされる。
「あにぃ」
「ん?」
「テレビ付きっぱな…」
何でこんなことを気にしてるんだとは思ったが凄く気になったので一応云ってみる。
「ホント細かいな〜、お前」
あにぃは優しく微笑んで
「暫く待ってろよ」
と言い残し、一人リビングへ向かって行った。
開いた寝室の扉から掃除機の音が聞こえる。
あにぃが破片を片付けてくれているらしかった。
本当は行って片付けたかったのだか、あにぃが待っていろと云うので大人しく座って待っていた。
「は〜、思ったより時間がかかったなぁ…」
20分後、あにぃが戻って来た。
「悪ぃ、俺が割ったのに…」
「別に、気にするな」
そう云ってベットの淵に腰をかける。
どちらからともなく口付けを交わし一時の幻想に酔いしれる。
今宵も貴方に酔い痴れよう。
カンパイ!/2001年「キリンラガービール」CMソング